聖徳太子についてご紹介

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仏教の勝利☆

今日から梅原猛著の「聖徳太子」について、コメントを付けて紹介出来たらと思います。
第一部は"仏教の勝利"です。

▼実在の聖徳太子に迫る

奈良の法隆寺・夢殿には聖徳太子像とされる観音様が安置されています。この本の前著「隠された十字架」で梅原氏は法隆寺にまつわる太子の神秘性を追求しましたが、ここでは推古天皇の摂政として広く活躍した聖徳太子の実像に迫ったもので、真に力作と言えるものでしょう。

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▼仏教伝来

6世紀半の東アジアは仏教が最も盛んな時期だったようです。ご存知インドで誕生した仏教がヒマラヤを超えて中国から朝鮮半島に至るまでにはなんとっ、約千年の長い月日が必要だった訳ですが、その背景には政治的な意味が深く、我が国に伝来した理由も、東アジア情勢と大関係があった訳ですね。

▼仏教の真の教えとは

日本に仏教を伝えた百済の聖明王は、危機に陥った息子の身代わりになって新羅の伏兵に捕らえられ死ぬ事になりますが、慈悲の権化であるようなその行為は美しい反面、国をも滅ぼす原因となったようです。一方、新羅の真興王は花郎制と結びついた弥勒崇拝によって国を発展させたようです。

▼蘇我氏と物部氏の戦いの行方

インターナショナルな仏教が蘇我氏に代表される我が国の古(いにしえ)の氏族達を巻き込み、一つの政治勢力になって行きますが、それに反対する物部氏はかつての勢力を蘇我氏に奪われて段々と追いつめられた事が分かります。

▼軍人物部氏の敗北と政治家蘇我氏の勝利

刀をシンボルとする物部氏が敗れ、新しい年号と共に仏寺が建立されます。その名は法興寺と言いますが、実はこのお寺は高句麗と百済の援助によって出来たという事です。なにしろ仏像制作の為に高句麗王が黄金300両を献上している位で、お寺自体も高句麗様式である事から高句麗からの技術者の関与が認めらています。

※つづく。

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