秀吉の天下統一と明智光秀の謎

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歴史とミステリー☆

織田信長の突然の死によって戦国時代の麒麟児として表舞台に立つ事になった秀吉。

大河ドラマでは、「殿っ!好機ですぞ」と秀吉に進言する軍師黒田官兵衛の目が光りますが、ピカピカの天下人へと駆け上る秀吉の黄金サクセスストーリーの影の張本人こそ、実は本能寺の変を起こした明智光秀なのです。

明智光秀

影である故に主君殺しの謀反人とされた明智光秀には、実は色々な謎を残しています。

それは近江坂本城の奥さんは敗戦で死んでしまったのに、当のご本人は死んだと見せかけて、実はコッソリ生き延びたと言う説で、その理由としては、これは織田信長もそうですが、明智本人の亡がらが見つかっていない所にあります。 信長の場合は本能寺が焼け落ちたので亡がらが分らなくなったという説もありますが、分らないための生存説も生まれているのです。明智もそうでして、殺されたという事になっていますが、本当の所ははっきり分らないのです。 ちなみにこれに関連すると思われる二つの謎を紹介しましょう。

一つは日光に明智平なる所があるのは何故か。

もう一つは亀岡で城主であった光秀が今もこうも亀岡で慕われているのは何故なのか。

思うに、関東の平定と京都の要地に仏僧が深く関わっていたと思いますが、 これこそ本命の謎と言えます。皆さんはどう思われますか。 そこで、なんでも光秀は坊主になったといわれているのです。これは大変不思議ですが、どういう訳で殺されたはずの謀反人が生きていて、坊主・・つまり、明智という家も名前も捨てて・・・どさくさまぎれに出家して俗人から僧になったのかという事です。

闇の中の戦国時代らしい話ですが、暗黒時代にはそんな話もあり得る訳です。

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